第六章
【屈強な海の男たち】
健二は夢を見ていた。
どこか異国の地…荒れはてた大地の上で、健二は見知らぬ大勢の男たちに囲まれ、一人立っていた。
ガタイのいい男たちは興奮しきって、今にも健二に向かって殴りかかってきそうな勢いだ。
健二は両腕で自分をガードしようと動かそうとしたが、まったくピクリともしない。今度は歩こうとした、しかしまた動かない。
まるで自分の体が石像のように重くなってしまったのか。
健二は自分の体を見下ろした…
すると健二の体は上半身裸の状態で、何人もの男たちに腕や足をつかまえられていた。
必死でもがくが一人の力ではまったくびくともしない。
そして自分の前に見知らぬ一人の男が立っていた。凄まじい殺気を放った男…。
健二はその男だけは特別な力を持っている事を知っていた。
さらにもがこうと力を入れるが、目の前の男に
「無駄だ」
と一言だけ言われ背筋が凍り力が抜けてしまう。
(こいつには、勝てない…)
「覚悟はいいか?」
目の前のその男の拳が健二に向かってくる…!
(やめてくれぇ!!)
…その時、
「起きろ」
マサトの声で目が覚めた。健二の体は汗をびっしょりとかいている。
(夢か……やけに暑いな)
よく晴れた夏の日だった。海は青く、波が時折しぶきをあげている。
どうやら新しいファイト場に着いたらしい。
健二とマサトはへりに乗って移動してきたのだった。
目の前に広がっていたのは、青い海。
健二達は今、とても大きな船の上にいた。

360度の水平線、どこかの海のど真ん中。見ると、船には大きな大砲が幾つも付いている。
(軍艦か…?)
「今回の任務はこの船にいる【大佐】と呼ばれる男を倒してこい」
と、それだけ言うとマサトはヘリに乗って帰ってしまった…。
健二はそばにあった長い階段から下へ降りていった。
すると汗と油のニオイが鼻にツンとくる、
(うっ…)
機械と蒸気の音がうるさく、耳がおかしくなりそうだ。外よりも中の方がさらに暑く、
健二は熱気に耐えられなくなり思わず着ていた皮ジャンを脱いでティーシャツ一枚になった。
そしてさらに汗と油のニオイが鼻につく。やがて騒がしい船のエンジン音に紛れて声が聞こえてきた。
大勢の声だ。
船底で油にまみれたたくさんの男たちが賭けファイトをしているのだ。
正式なリングは無く、ごろつき同士のただの喧嘩ファイト、
つまり男たちの輪が戦いの場だった。
そこは機械とボイラーの熱で蒸していて、とても暑く、
ほとんどの者が作業着のツナギや素肌にオーバーオール、汗と油まみれのシャツ一枚、上半身裸という連中だった。
それでも気が狂うほど暑かった。
だがそんな事は気にしないかの様に男たちはファイトに熱中していた。
誰もが手に厚手の軍手をしていて、それをボクシンググローブの代わりにしている。
かすかに照らされたわずかなランプの明かりがあるだけなので、
そこはとても薄暗く、船が揺れる度、ガタイのいい兄ちゃんたちが照らし出された。

皆、青い目をしている。
(外人…)
船内は全員外人たちだった。
そう広くない場所にたくさんの野郎たちが群がっていたので船が揺れる度、
狭い中興奮しきった男たちの肩がぶつかる。
その中で真ん中だけ空いた不思議な空間。
二人の男が闘志十分に相手を睨み付けていた。
片方は青いバンダナと素肌にオーバーオール、その隙間から体のラインがくっきりと見えた、かなり鍛えられた背筋が印象的だ。
後ろ姿が何とも強そうなアゴ髭の生えた大男だ。
ブライアンと呼ばれている。もう一人はビリーと言うそうだ、若く長身で引き締まった筋肉、上半身裸で、
油のついて真っ黒汚れたグリーンのツナギを腰の所で縛って着ていて、
見事に割れた腹筋が目立つ。
長身の割に筋肉の付き方が良く、無駄が無い。
見たところブライアンは180cm95kgのアームレスリングチャンプ、

ビリーは185cm80kgのプロキックボクサーと言った感じだ。

「Fight!」
一応、レフェリー役の様な男がいて、闘う二人を見ている。
「Come'n、Billy!」
ブライアンが叫んだ。
ビリーは長身に似合わぬ軽いフットワークで間合いをつめて、
ズバンッ!バキッ!
ビリーのボディから顔面のダブルフック!
ゴスッ!ドスンッ!!
さらに裏拳を入れたら、回し蹴りをボディーに!!だが…クリーンヒットしたはずなのだが、まったく効いていないブライアン、
「へへへ…」
ブライアンは余裕の表情で笑うと…。
ドボオォン!!
ビリーの髪の毛を鷲掴みにし、ボディーー!!!80kgのビリーの体が宙に浮く!
「ハアウウウッッ!!」
さらにボディ!ボディ!!
ドスンッ!!ボコッ!!!
「ウウウゥーッ!ゲボォォォ…」
腹をおさえて苦しそうにうずくまるビリー、片手を上げ、
「ア…ゥ……Give…up……」
だが、興奮しきったブライアン。戦意喪失のビリーのアゴに容赦無いフック!
「HAAAAAー!」
バコォォォォン!!
「アゥ!」
ドサッ…。
完全にダウンしたビリー、周りで見ていた男たちに引きずられ運ばれる。
闘いで勝利したブライアンはすっかり熱の冷めないまま、次の対戦者を求めて男たちを挑発している。
「come on!come onー!!」
そしてブライアンの前にまた一人の挑戦者が現れた、
名前はジェイ。185の85といったところか。鼻が高く、アゴがいかつい。こいつもプロのレスラーの様な体系。
茶色のベストを羽織ってるだけで、髭と髪の毛はモジャモジャ、その鍛え上げられた筋肉が見事だ。
「ウラー!グアー!!」
まるで怪物のように太い腕をブンブンと振り回して来る。その強烈なフックは普通の野郎なら、一発でも当たれば吹っ飛ぶだろう。
ドフッッ!!
「ウッ……!」
鈍い音を立ててブライアンの脇腹にヒットする。だがブライアンはその攻撃をものともせず。
ズバァァァーーン!!!
ふところに入って、敵のボディにパンチを一直線!
「…ゥ……」
苦しそうな表情で前のめりに倒れるジェイ、たったワンパンで崩れ去り、KOされる。
口から血を吐いて同じく引きずられていった。
これほど、鍛えられた男の体を一発で倒すとは、凄まじいパンチ力だ…。
興奮するギャラリーの中、健二は一人寒気が走った。その気配を感じたのか…。
「Hey!you…boy,come on!」
健二はその無敵のブライアンに指名されたのだ。
ゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めて一歩前へ踏み出す。
近くで見ると体格の差が予想以上だった。
アメリカ人と日本人の体格はここまで違うものなのか。
ブライアンはファイトでかなり汗をかいていたのでさらにヤツの体に迫力があった。
「来いよ」
言葉が通じるはずはないのだが、健二は自分より大きい相手を挑発した。
自分よりふたまわりは大きいであろう。こんな相手にどうすれば勝てるのだろう。
「Come oーーn!!」
ブライアンは健二のシャツの胸倉をギュッと掴むと顔に近付け引き寄せた。
何か相手を威嚇する言葉を喋っているが、早い英語で聞き取れない。
「…………………kill you!!」
(ぶっ殺す…か)
健二は勇ましくその汚い手を払いのけると、シャツを脱ぎ捨て上半身裸になって、
間合いをとりファイテイングポーズをとった。
「Fight!」
審判らしき男が掛け声をかける。考えてる余裕は無い、いきなり突進してきたブライアン!だが…。
ピシッ!
健二のジャブ!
冷静にパンチを繰り出しアウトボクシングで様子を見る。
ガードを知らない闇ファイター出身者たちにとって小降りのジャブが一番効果的という事を健二は無意識の内に感じていたのだ。
シュッ!ピシッ!
ジャブジャブ!
軽いフットワークで左右に動く。なかなか懐に入れないブライアンは苛々して体重をかけて突進してきた。
「ウアーッ!」
健二はブライアンの体の動きを見切って…。
ドフッ!!
「オゥ…ッ!」
健二のカウンターボディブローッ!!
(……っし!)
「ガアアアアーッ!」
だがタフなブライアンはまったくひるむ事も無く、そのまま健二の体を鷲掴みにして持ち上げた。
(なっ…なに…?)
健二は腹筋を抱えられて動けない、ブライアンは腕に力を込めた!
メリメリメリ…。
背骨のきしむ音。
「うっ!うわあああ!」
「フンッ!」
ボギッ!
「うっ!……おい…は、はなせよ!」
「HA!HA!HA!HA!…destroy」
健二は何とかもがいてヒザげりを相手のボディに叩き込む!が…、
ブライアンはそのままの体勢で健二をコンクリートの壁に叩きつけた!
ゴンッッッ!!
「げぼおっ!!」
さらにブライアンの頭突き!
「フンッ!!」
ガンッッ!!
「ごふっっ!!」
健二は一瞬意識が飛んでしまった。
「…ぁ……」
ブライアンはやっと大人しくなった自分のオモチャをじっくり遊んでやろうといった感じで舌なめずりして笑っている。
「ゲ、ヘヘヘ…」
「はぁ…はぁ……?」
ドボォォッー!!
「うぶぅっ!!」
さっきのファイトでブライアンのボディブローの強烈さは頭で分かっていた、だが今、体でヤツの恐ろしさを教え込まされている。
「はああああっ」
背中のコンクリートがヤツのパンチ力を倍増させている。健二は苦しそうに腹をおさえ体をくの字に曲げる。
だがブライアンに髪をつかまれ無理矢理体を真っすぐにさせられて…。
「again…」
ドフッ!
「うっ!」
「again…」
ズボッ!
「…っ!」
「and…this」
ボグッ!!
「……ぅ…ぅぅー…げ…ぁ……っ……」
壁にもたれかかり、わずかな呼吸を頼りに痛みに耐える、健二の体は回復を求めるが、ヤツの入れ墨の入った太い二の腕がそれを許さなかった。剛椀が下から突き上がり、
「one、two!」
ズシン!!バコッ!
「body!body!」
ドボッ!ボグッ!!
「body!and…body!」
ドッ!ドスッ!
赤く腫れあがる健二のボディ。
「More?Body?」
「…はぁ…は…ぁ……っ」
ドッ!ドッ!ドッ!
「うっ!…っ!…ぁ!」
「Upper!!」
ガコオッッッ!!
「!!!!」
「…You're my sandbag!HA!HA!HA!」
傷ついた相手を徹底的に痛め付ける事…ブライアンにとってそれは最高の快感だった。
闘いを勝つためではなく、敵の苦しむ顔を見るためにやっているファイト。ブライアンにとっては極上の時間だ。
そして、またボディ!
ドフゥーーッ!!
「うーーっ!!……はぁ……は…ぁ……」
「give up?you,give up?」
「…く…っ…」
「you are girl?」
髪の毛をつかんで健二の頭をグルグルと回す。
健二はブライアンの手を払った、そこにフック!
ピシッ!
「あうっ」
バキッ!ズムッ!!
コンビネーション・ボディ!!
健二の鍛えられた背筋はブライアンのパンチの度にファイト場の壁のコンクリートに打ち付けられる運動を繰り返し、赤く腫れあがり、健二は血を吐いた。
「げぇ…!……ぇ…」
さらに続くパンチ!
ボフッ!ボグッ!ドムッ!
「はうっ…はあっ…うおっ…!!」
もはや自分の腹筋に力を込める事を忘れた健二の腹は、深く鈍い音を立てて、
ただゴツイ拳を何度もめり込まされ続けていた。額からは汗が流れ続けている。
「body!…and body!」
ゴフッ!!ズブッ!!ズボッ!!ボムッ!!
「ごふぅ…っ……!あああっ!…はぁはぁ……ううっ!…げぇ」
ブライアンはすっかり興奮しきっていて、目の前の獲物をもっと弱らせる事に夢中だった。
「come on…boy,come on!」
青い目のマッチョマンは攻撃をしては挑発を繰り返す、だが健二は熱くなって挑発に乗ったりしなかった、
今のままでは下手に攻撃すればカウンターを食らっていたずらにパンチをもらってしまう。
ここはクールに考え健二はガードを固めた。だが健二のスタミナはドンドン失われていく。
ドボォ!!
「うっ……」
ドボォ!!
「うっ……!」
ブライアンは執拗にボディばかりを狙ってくるが決して健二はガードを下げなかった。
今、一発顔面にいいのをもらえば、そこで終わってしまう事を分かっていたのだ。
腹だけはかなり鍛えている自信がある、まだ少しなら耐えられると思った。
だがブライアンも相手のスタミナをジワジワと奪い、苦しみに歪む表情を楽しんでボディばかりを痛め付ける。
ドボォッッー!!
またボディ!
「げぼおっ!」
とにかく体勢を立て直さなければ!必死の健二は何とか残りの体力でコンクリートの壁から逃げようと考えるが、
角度を変える度、ブライアンは素早く反応してピンポイントにボディブローを打ち込んでくる!
ズムッ!
「うっ…」
ズムッ!!
「うっ…!」
(くそっ、デカイ図体して結構、機敏に反応してきやがる…何とかこの壁ぎわから逃げないと…!ただでさえ重い、ヤツのパンチが倍増されて……よし、こっちだ…!ぐぼっ…!)
【逃がしゃしねえ】と言わんばかりに立ちはだかるブライアン!
大量の血を吐く健二。
「うげぇぇ…」
「The end…!Ahhhhhー!!」
そう言ってとどめの顔面ストレートを思い切り殴りかかってきたブライアン!
弱りきった健二の体を完全に仕留める気で向かってきた!
しかし偶然、瞬間的に健二はうずくまり、ブライアンの右の拳はそのまま壁へ激突!
「Uhー!Aaaaa!!」
自ら自爆したブライアン、拳をおさえて苦しむ。
「Oh noー!!」
手からは血が、自分のパンチの重みが逆に自分を傷つけた。
「Fuck!」
(今だ!)
またと無いチャンスを手に入れた健二、素早く回り込みブライアンの後ろに行った。
痛みに困惑しているブライアンはうつろな目で健二を追い掛け、後ろを振り向く……。
バキッ!
そこに健二の右フックが待っていた!!
「オラアッ!!」
ズシッ!
ボディー!
「フウッ!…ハァハァ」
健二は敵が体勢を立て直すより早くパンチを打ち込む!ブライアンは突然の逆転にまだ理解していない。
「シッ!」
ドボッ!
突き上げるボディー!
「ハゥアッ…!」
バコッッ!
アッパー!
ズンッッ!ズムッッ!
ボディ!!ボディ!!
コンクリートを背にしてくの字に曲がる筋肉の巨体。
唇から血が流れる。健二は相手に息する暇も与えなかった!流れる汗を拭うこともせず、さらに攻撃を続ける!
というより一旦、攻撃をやめてしまえば隙をつかれて、こちらがやられてしまうのは分かっていたからだ。
重い腕を気合いだけで打ち、打ち、打ち続けた。
「シッ!シッ!シッ!」
ズボッ!ドグッ!ボムッ!
硬い硬い筋肉を打ち続けて腕は悲鳴を上げている。だが健二はボディを打ち続けた!
「オラアッ!死ねコラ!ボディー!!」
ドゴッッッ!!
もはや気合いだけでパンチを打っていた。
「ハアアアウッ!ゲボオオーッ!」
ピシッ!ドフッ!バキッ!!
だが段々とブライアンの呼吸が乱れ、体が弱ってくるのを感じた。
とうとうブライアンの腹筋に力が入らなくなり、そのでかいマッチョな体に健二の拳が突きささる!
ドボオーッッ!!
「ハアアアウアッ…!」
突き上げるボディ!やはりストリートファイト育ちのブライアンはガードが下手だ。
さらに打たれ慣れていない。それが健二の救いだった。
(みぞおちに、もろ…手応えありだぜ…)
「ま・だ・だ・ぜ…!も一発!!」
ドボォーーッ!!
渾身のボディブローッ!!
「ウオーッ!!」
しかしやはりブライアンは頑丈な体の持ち主だ、腹をおさえてうずくまるなんて事はしない。ブライアンも気合いで耐えている!
(タフな野郎だ…)
「オラアァーーッッ!!」
健二は左足を大きく踏み込み、右足でボディへの回し蹴りをした!!!
ドグゥーーッッ!!!!
厚いコンクリートと健二のキックに挟まれたブライアンの腹筋!!
「……ァ…」
靴が腹にめり込んで、丁度ブライアンの胃袋の位置を突き上げている!
「……ゥ…ッ…」
ブライアンは体をようやくくの字に曲げて腹を両腕でおさえた。
「……ゥゥ…」
「はあ…はぁ…はぁ…!」
大きく肩で荒い息をして様子を見る健二、正直これ以上攻撃は出来ない…腕はパンパンに腫れあがり、ダメージも大きい、立ち上がられたら終わりだ…。
「……ゲ……ゲボオォォ…ォォォ……!!!」
健二の勝ちだ…!ブライアンは苦しそうに嘔吐、吐血した。
そして何より痛みに悶える彼の表情が健二に勝利を確信させた。
「ウゲ…ゲホォ…ォォ……ェ…」
ギャラリーが一斉に歓声を上げた!健二は今まで観客がいる事すら忘れていた。
ゆっくりと傷だらけのブライアンが立ち上がり、戦意喪失の体がヨロヨロと階段の方へ歩いていき…、
「come here…」
とだけ言った。
健二はブライアンの後について、階段を上がっていった。
長い螺旋階段を上がると真っ白いドアがあった。
ブライアンは立ち止まり深呼吸をしてゆっくりとドアを開けた!
眩しい光が差し込んでくる!これから起こる地獄を感じさせないかの様に…。
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