あれから、二週間たった・・・。
二学期が始まり、俺はまた、ただのサッカー好きの中学生に戻った。先輩達が引退して、また毎日の厳しい練習。まだ暑い夏。
でも俺の中であの一日がどうしても忘れられない。雨の日のあのグラウンド。
サッカーゴールのコーナーポストを見るたびに思い出してしまう。あの日の記憶。
泥だらけで汗と雨が混じり、腹部をおさえて荒い呼吸。
「・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・」
まだ少し腹に痛みを感じる。アザになった腹を触るたび上半身裸で向かって来る内藤先輩を思い出す。
俺は思い出すとなぜか熱くなるのだ。
あれほどぶん殴りたかった先輩にボコボコにされて・・・。
結局2、3時間俺はやられてたらしい。最後はボロクズのようにされて・・・・・。
雨が気持ちよかった。
忘れられないのは先輩が俺をボコボコにした後ロープを解きながら言った言葉・・・。
「おめー、ガットパンチングって知ってっか・・・」
俺は何の事だかわからなかった。
「・・・はぁ・・・はあ・・・う・・・し・・知らねえ」
ヤツは余裕の表情で、
「っか、あのな、腹打ちのことで。腹をボコボコに殴ったりすっことよ。んで、気持ちいいんだと。」
それだけだった。
内藤さんが何を言いたかったのかよく分からなかった。ガットパンチング・・・・。
俺にパンチの感想を聞いたんだろうか。・・・・・確かにあの時パンチの痛みの他に何かがあった。熱くなる、何か。
変な話だが、殴られ続けていた時、先輩の丸太のような太い腕を見て、
「もっと強く来いや!」
なんて、思っていた。
あれ以来先輩とは話してない。
学校で目が合ったり、すれちがっても、軽く礼をするだけ、いつも通りの先輩後輩に戻っている。
それでいいじゃないか。ヤキ入れられなければそれでいい。関わりあいたくなんか無い。そうだ。でも・・・。
もう一度、殴ってくれねえかなあ・・・。
いや、何考えてんだ、俺。ちょっとおかしくなったみてえだ。
今日は練習早めに終わらせて帰ろう。

帰り途中。町を歩いていると、人とぶつかった。いらついてた俺は、とっさに、
「いてえな、この野郎!」
と言った。しかし、フードをかぶったその男が振り向くと言った言葉は。
「おお、健二じゃねえか」
内藤さんだ。やばい。
「あっ、先輩。あの、その・・・お、おつかれさまです」
また殴られる。と反射的に感じた。
「練習ちゃんとやってっか」
と、わざと、軽くボディブローをするまねをした。あの日の事を言っているのだろうか。いや、考え過ぎだ。
「はい、頑張ってます」
今日は機嫌がいいんだろうか。それともあの日の事をまだ怒っていてわざと笑っているのだろうか。
でもなぜか。また殴ってくれ、と言う自分がいる。
「どうせ暇だろ、見てくか」
「え」
「今、ロードワーク終わったから・・・おお、入れよ」
よく見てみると、

「内藤ボクシングジム・・・」
「ああ、あれ。知らねえのかよ。ここ俺んちだぜ」
ボクシングジムの息子だったのか。どうりで強いわけだ。
「ただいま」
というと、シャドーボクシングをしている。あの日の先輩と同じように。
「おお、シンちゃんお帰り」
「シンちゃん、調子はどうよ」
なんて、声が聞こえる。体のゴツイ、いいガタイの男達が内藤さんに挨拶する。
片腕立て伏せをしたり、腹筋をしたり、ミットやサンドバックを叩くゴツイ男達。
先輩は汗をかいたシャツを脱ぐと上半身裸になった!あの日と同じだ。
浅黒い肌に太い逞しい上腕二頭筋。あの丸太のような腕で俺の腹はボコボコにされた。
「わりい、まだ練習あっからよ。その辺座っててくつろいでろや」
「はい、ありがとうございます」
普通なら、あーあ先輩につかまっちまったぜと思うところが、ボクシングを見てみたいと本気で思った。
俺をボコボコにしたボクシング・・・。汗の臭い。グローブの皮の臭い。サンドバッグの揺れる音。
先輩はそれから縄跳びに、サンドバッグ、スパー、と・・・色々なメニューをこなし。
練習が終わると俺に色々聞いてきた。家の事とか学校とか部活のことも。
先輩は忙しいらしく誰かのスパーリングの相手を繰り返し繰り返ししていた。
その中でわざと手を抜いているのが俺には分かった。
ようやく、10時になり全ての人が帰り俺と先輩だけになった。
「今日親出かけててよ。ちょっと手伝ってくれよ」
と言われ、二人で片付けていた。俺は。
「あの内藤先輩・・・・・・この前のあれって・・・・何・・ですか?」
「何だ」
「ガット・・パンチング・・・・・腹打ちがどうって・・・」
「・・・・」
「どういう意味だったんスか」
「・・・・・・おめーは、どうかと思ってよ」
「え」
「俺に腹、ボコボコにされてどう感じたのかなってよ」
「どうって・・・」
「よく映画のアクションシーンとかで主人公がボコボコに殴られるシーンあるだろ、ああいうのどう思う」
「・・・え、え・・・痛そうだなって」
「ほらよ」
先輩は俺にボクシングのグローブの片方を投げた。

「それでまた俺殴ってみ」
「・・・え・・・・」
「あん時みたいさ」
シャツを脱ぎ捨て先輩はまた上半身裸になった。相変わらずいいガタイしてる。
俺は遠慮がちに
「じゃ・・じゃあ行きます・・よ」
ドスッ
「もっと強くだ」
ドスッ!
「全然効かねえよ」
ドスッ!!
ズムゥゥゥッッッ!!!!!
「あぅ・・・・はぅ・・・ぐぉ・・・・・・!!」
「これくれえ、やれっつってんだよ!」
先輩のボディブローが・・・!!
まただ。またあの時と同じ感覚だ。
「どーだ何か感じっか」
「・・・っと・・・もっと・・・・・もっと強く殴って欲しい」
「そうだろ」
「あの日からずっと、忘れられなかったっス、先輩のボディブローが。ずっと殴って欲しかったんです!」
自分でも自分に驚いた。でも本気だ。
「リングに上がんな」
先輩はもう片方グローブを投げた。俺はシャツを脱ぎ、グラブをつけ、リングに上がった。
そこにいたのは・・・。
「待ってたぜ、この時を」
「・・・」
獣だ。
「俺も忘れられなかったぜ。お前に食らわしたボディブロゥの一発ずつ。殴られたときの感触も」
「・・・」
「さあ、来いやガキ。ボコボコにしてマットに沈めてやる!」
「・・・・じ・・・・上等だあ。オラ。先輩だからって手加減しねえぞ」
少し、面白ぇ、って感じた。こうしてタイマン張るのが。
カ―――ン、ゴングが鳴った!
先輩はシューズにトランクス、マウスピース、ボクサーそのものだ。
「おらぁ・・・おらっ・・・しっ・・・・しっ・・・!」
今日は俺も手を出す。ヤツに攻撃の暇を与えねえ。ジャブってやつをガンガン出していく。

「おらおらぁ・・・くそっ・・・・こらぁ・・・・!」
しかし軽くフックワークをしてかわす内藤。パンチは・・・当たらねぇ。
1分くらいたって、
「・・・はぁ・・・・はあはぁ・・・ちきしょー、おらぁっ・・・・はぁ・・・はぁ・・・!」
腕を振り回し・・・。くそ、体が重い・・・こんなはずじゃあ・・・。
グラブが鉄の固まりみてぇに重い・・・・何だこりゃあ・・・。
「クソ・・・当たれッ・・・・はあはぁ・・・・おらっ・・グボッ!!」
ドスッ!!
苦しい。いきが、息ができない・・・!!
あの時と同じ・・・。先輩の強烈なボディブロー。効くぜ。

でもボディ食らうとき、近づく先輩のガタイ。いい胸板してるぜ。
「バカが、そんだけ動きゃスタミナ切れするぜ」
「ぐおぉぉっ・・・・・く・・・・はぁ・・・・はぁ・・・」
腹が、腹筋が痛ぇ・・・でも、少し気持ちいい・・・何でだ。
「今度はこっちの番だ」
突然パンチの嵐。今日は顔面も来る・・・アッパーも。
パスッバキッ、パグッズンッ!ドスドス、ズムッ・・・!!
でもやっぱり多いのはボディ。俺もわざと当たりに行くようにして。ボディのガードはしなかった。
ドスッ!ズムズンッ!ドボォォッ!ズムゥッッ!
「はうっ・・・・ぐっ・・・・・おぅ・・・うおぉ・・・・・ぐふっ・・・・がっ・・・・!」
ずんっずんっと音を立てて、オレのボディにあの太い腕が食い込む。ずんっ。まただ。
俺はコーナーに追い詰められた。サッカーゴールに縛られたときを思い出す・・・。
「まだだよ。もっと食らいな、オレのボディブローをよ。嬉しいだろう」
「・・・うおぉ・・・・・ぅぅ・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・」
「よし、オメ―にちっとボクシング教えてやるぜ」
「・・・はぁ・・・はぁ・・・?」
バキィッ!!
「うおっ!」
パンチの雨が降り注ぐ。
「これがジャブ。ボクサーの基本パンチだ。細かく、そして確実に相手にダメージを与える」
バコォッッ!!
「うぶっっ!!」
目の前に雷が走った。
「こりゃあフック。敵の死角から獲物を捕らえる」
ズバァンッッ!!!
「ぐはぁっっ!!」
体が宙に浮いた。
「アッパーカット。ボクシング最高にして最強の決め技だ」
そして・・・・
ズズズムムムムムッッッッッッ!!!
「げぇぇぇ・・・・げぼぉぉぉぅぅっっっ!!!!」
上半身が前に180度回転する。くの字になった。
「そして、これがボディアッパー。オレの十八番で、相手のスタミナを奪うパンチだ」
「うぉぉぉぉうおおぉぉぉぉ・・・!!!!」
「ボディブローは地獄の苦しみって言われてる。特にオレのボディは格別だ」
まさにそうだ。やっぱ、つええ。半端じゃねえ。勝てねえ。化けもんだ。
でも、なぜか・・・楽しい。
「ま・・・まだだ。もっと来いや、内藤!オメ―のボディアッパー気に入ったぜ」
「・・・・・・・まだ立てるのか」
「た・・足りねえなあ。オメ―のパンチはこんなもんじゃねえだろう。おお、来いよ!」
「さすが俺の見込んだ男だ」
ドスッ!
「ぐふっ!」
一発・・・。
ズムッ!
「はぐっ!」
二発・・・。
ドムッ!
「あうっ!」
三発・・・。
強烈なボディアッパー!!!
「う・・・げぇ・・・・うううぉぉ・・!」

「立てよ。まだまだネンネするにゃあ早ぇだろーが、ええ。コラ」
「・・・・へ・・・へへ・・・な・・・んな・・・クソパンチ・・・・効かねぇなぁ・・・・」
「だと、こらァ!!」
ドスッズムゥッ!ドンッ!!ボムゥ!ズシンッ!ドボオォ!!ズドォォォッ!!!
「ボディボディボディボディボディボディ―――ッ!!」
「・・・うがっ・・・がっ・・・・ううっ・・・・ぐふっ・・・ぐっ・・・・うおぉ・・・・・っっ!」
「はぁ・・・はぁはぁ・・はぁ・・・どうだあ・・・」
体を折り曲げマットに転がる。重い・・・。
なんて重いパンチだ。一つ一つ鉛のグローブで殴られているみてぇだ・・・。
体重も階級もまったく違うはずだ。
まして鍛え方が違う。向こうは闘うために作られた筋肉のマシーンだ。
「まだだ・・・立て!」
「ぐっ・・はあ・・・・・はぁはぁ・・・」
目はぼやけて、足はがくがくで、何とか立ちファイティングポーズをとる。
「いいカラダしてるぜ」
「・・・・?」
「オメ―が部室で着替えてるとき、俺が殴りてぇって思ったんだ・・・そしていつか俺と互角に戦えるファイターに育ててやろうと思ったんだぜ」
「・・・先輩」
「さあ、来い。オレが鍛えてやる。本当のボクシング、本当の男ってやつ教えてやる」
「・・・う・・・・オラアァァーーーーッ!!」
ドスゥゥゥゥ!!!
鈍い音がボクシングジムの中に響いた。
こんな所を誰かに見られたらどう思うだろうか・・・。
練習熱心なボクサーに見られるんだろうか。たしかにケンカにはない何かがある。
だけどこれは・・・・これはスポーツじゃない。
小さな戦争だ。男と男がお互いの命を張って生まれる闘いだ。
「うおぉぉぉ・・・・げ・・・ぇ・・・・!!」
また、カウンターブローだ。張れあがった腹にさらに食い込む・・・・筋肉のきしむ音が聞こえる。ミシミシミシ・・・。
「今日はみぞおちにモロだ・・・。オメ―わざと力抜いたな。俺のパンチ食らうために・・・」
「けっ・・・・ハンデだよ・・・」
「上等だ」
「・・・・はぁ・・・・へへ・・・・根性見せてやらぁ」
「いい度胸だ!」
ドスゥッ!ズムッ!ズンッッッ!!ボスボス!バコォォォ!ドムッッ!!
「うげぇっ・・・・ぅぅ・・・・・・・・ぅぅぅぅ・・・!」
「はあはあはあ・・・・・はぁ・・・・どうだ」
さすがにマットに崩れてのたうちまわる。苦しいと言わんばかりの表情だ・・・。
おかしなケンカだ。わざと腹筋の力を抜いて打たれ続ける男と、わざと大振りでガードを気にせず破壊力のあるパンチを打とうとする男と・・・。
ドスッとぐいぐい太い腕は腹に食い込み、さらにパンチを突き上げる。
もうボクサーとしてのパンチの角度ではない。倒れこむ体に真下からのボディブローだ。
健二の足はほとんど床に付いていなかった。パンチを食らうたび鈍い音を立ててうめき声とともに、足が浮く。
それでも健二のガードはボディに下げない。
しかし健二は笑っているようにも見える。
ドスゥゥゥッッッッッッ!!!!
そのダウンした男に容赦ない蹴りを食らわす内藤。これは本当に予想していない行動だった。
さすがに倒れたら攻撃しないだろうと感じていたのである。
「これはもうボクシングじゃねえ」
「ううぅぅぉぉぉ・・・・・」
「いいか、これから大勢の強い男達がここに来る」
「・・・・・?」
「そいつらは社会からあふれた暴れもんたちだ。俺が少しずつ増やした」
「・・・・はぁ・・・はぁ・・・・・」
「午前2時そいつらはここで勝ち抜きの素手の殴り合いをする。金を賭け。休憩も判定もダウンもない。デスマッチだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「俺の作ったファイトクラブだ。そこじゃあ肩書きも階級も差別もねえ。強いヤツが勝つ。それだけだ。お前それに出ろ」
「・・・・・・・・・・・・」
「かなり鍛えてやって、いい線行くはずだ。恐えか」
「・・・・・ざけんな」
「よし」
俺達の夜はまだ終わらない。
俺達の闘いはこれからだ。
そのファイトクラブで何が起きるか俺はまだ知らなかった。
そして、その時、ジムの扉が開いた・・・!
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