―第一章―
【サッカー部活先輩⇔後輩】
真夏の雨。
グラウンドの土は雨で泥になっていた。
ムシ暑いその日、俺は内藤先輩に呼び出され、サッカー部の部室にいた。
夏休み中の学校で、しかも日曜日、この中学校には今誰もいない。
男たちの汗の臭いがツンと鼻につく。
俺は健二。13。中学の1年だ。サッカーの腕はかなり自信がある。
一年にして、今年の夏の大会のレギュラーを奪い取ったほどだ。
ハッキリ言って二年の先輩より上手い。
だがこの間の大事な大会でミスをしてしまった。
監督の指示をムシして、勝手なプレーをしてしまい、その試合は負けてしまった。
3年の先輩にとっては最後の大会。最後の夏。
俺は内藤さんに呼び出されるだろうと前から感じていた。
内藤さんは、15歳の3年生の先輩で、皆から恐がられているヤツだ。
ガタイがいいし、身長は180を軽く越えている。
性格は短気で暴れだしたら止められない。
先公を殴って停学になったという話なんてざらだ。
先輩の中でも、いや、高校生からも恐れられている存在で、ガキの頃からボクシング、
空手など格闘技をやっている。ケンカに負け知らずという話だ。
隣町の高校の不良たちを半殺しの目に合わせたり、
族のリーダーにケンカを売ってはストリートファイトと、
ここら辺の不良、ヤンキー全てを仕切っているという。
その内藤さんはうちの10番、エースストライカーだ。
シュート力、というかキック力は最強で、俺も目標としている憧れの人だ。
そして今日・・・。
「テメーのせいだ、コラ!」 ドスゥッ!!
「グボッ!・・・・」
いきなり髪をつかんで腹にひざ蹴りを食らわしてきた。効くぜ、チクショウ。
「立てよ・・・」
ヤキ入れられる事は覚悟してきたけど、ホント短気な人だぜ。
「おい、聞いてんのか、健二。あぁ、オメーがあんときよぉ、一人でボール持たずに俺にパスしてりゃ、あの試合勝てたんだよ。ざけやがって!」
ズムッッ!
今度はボディーにモロだ。中学生ボクサーはダテじゃねぇ。
「くっ・・・はぁはぁ・・・・」
「何か言えよ。一年坊がぁ」
「・・・・で・・でも・・・。・・・行けると思っ・・・たんです。俺の実力なら・・・あれくらいのガード突破して、1点・・・取れたっスよ。だから・・・」
「なに・・何イキがってんだこのガキぃ!!!」
「だから、内藤さんにパスするより俺一人で行く方がよかった筈です」
俺だってなめられちゃ困る。これでも一年でレギュラーで、内藤さんほどじゃないけど腕っぷしには自信がある。
ここで腰抜け扱いされたら、この先ずっと殴られ続けるだろう。俺は硬く拳を握った。
「上等だ、健二。喧嘩なら買うぜ」
「おぅ、かかってこいや。内藤」
ヤツの顔がだんだん険しくなってくる。俺の突然のナマイキな態度にぶち切れたみたいだ。
「テメー、俺を誰だかわかってんのか。俺はここらのヤンキー全部仕切ってんだぜ」
「能書きタレんのは、俺をぶっ飛ばしてからにしろや、センパイ」
「泣かすぞ、コラ」
ズン!ズンッ!ドボォォッ!!
わき腹にボディブローの連打と強烈なボディアッパー、ヤツの丸太の様に太い逞しい腕が俺の体に食い込んでくる!!
「くっ・・・ぶ・・・・うぅっっ・・・。へ・・へへ・・・・おお、いてえ」
「おい健二。まだまだこんなもんじゃすまさねえぞ、てめえはぁ!!」
内藤はワイシャツを脱ぎ、下に着ていたタンクトップ一枚になった。小麦色に焼けた肌に、ゴツゴツした筋肉。
いつも着替えの時ひそかに見ていたが、かなり凄い体だ。
ぶ厚い胸板は黒のタンクトップからはみ出しそうなくらいデカくて、
肩も上腕二頭筋のちからこぶもプロのボクサーのようにパンパンだ。
それでいて、見事に締まった腹筋で、逞しい逆三角形が出来上がっている。
こんな男に喧嘩を売っているのか俺は・・・。とその体を見ていると。また太く逞しい腕が飛んできて
ズムッ!!
またボディブロゥだ。さすがの俺も上体をくの字に曲げて胃液を吐く。
「はぅっ・・・うぅ・・・・うっ・・・」
「きたねえな、俺のズボンが汚れんだろうがっ!!」
内藤は健二のシャツの胸倉をつかみ・・・。
ズンッ!ズンッ!ドムッ!
またボディ、またボディ。そしてまたボディ!
ファイティングポーズをとって左右にステップしている内藤。まるでテレビのK−1選手を見ているようだ。
もちろんヤツも格闘家であることは確かだが。そいつと、今俺は戦っている。
「オラ、オラ。どうした健二。さっきまでの元気はよぉ。この俺に上等ぶっこいて、やっぱ口だけかぁ。
おお、殴らせてやるから、かかって来いやぁ」
顔を突き出し、殴ってみろとばかりに挑発している。俺をバカにしてやがる。
ヤツは余裕の表情を見せて、シャドーをしたりしている。まるで、ボクシングの練習だとでも言いたげに。
ヤツにしては遊び半分のスパーリングなんだろう。いや、サンドバック叩いてるようなもんか。ヤツ専用のサンドバックを。
これには俺も腹を立てた。一発くらいヤツにパンチを食らわせたい。
「うおぉぉぉぉ―っ!!」
スキを見て、俺は左足を思いきり踏み込んで全体重かけて渾身の右ストレートを放った。
ズムッッ!!!
「うっっ・・・ああぁ!!」
だが次の攻撃を受けたのはヤツではなく、俺だった。
俺の右ストレートを素早くかわし、内藤はまた右のボディブローを打ち込んできたのだ。これは、効いた。
「へへ、オメーにボクシング教えてやっからよ。こいつぁカウンターボディーってんだ」
「ゲボォ・・ゥゥ・・・・オォ」
「相手の勢いとこっちのパンチ力が合わさってダメージを倍増させる必殺技だぜ」
「・・・ガッ・・・ゲホゲホォッ」
「どーだい。次期日本チャンプのパンチはよう。気持ちええだろ」
何でヤツはこんなにボディだけに集中して攻撃して来るんだ。これだけ殴られて、まだ顔面は傷一つ無い。
「・・・は・・・ぁ・・・はぁ・・・・・んで・・・テメ・・・・・・腹ばっか・・・、ボディーばっかし・・・・殴んだ」
「ああ、顔面殴ると、跡が残るだろ。先公にチクられてまた停学になりたかねぇしな。腹なら、ボディなら証拠は残らねえ。ケンカの基本だぜ」
「なるほどな・・・・結局・・・テメェ・・・先公が・・・・恐ぇのか、へへ」
「んだと!」
「・・・それと・・・・ボクサーさんよぉ。さっきから・・・テメーのパンチ全然効いてねえぞ。・・・・手ぇ抜いてんのか」
「・・・の野郎!」
内藤は俺のシャツを強引に脱がした。全身凶器のボクサーが本気で痛めつける気になったんだろう。俺は上半身裸にされた。
「ははぁ・・・けっこういいカラダしてるんじゃねえか」
これでも中一にしては鍛えてる方だ。ウェイトトレーニングをして俺もかなりいいガタイしてる自信はある。
焼けた肌に六つに割れた腹筋。厚い胸板。
「殴りがいのある体だぜ。よし、俺がてめえの腐った根性鍛えなおしてやらあ、ボコボコにしてやるぜ。
覚えとけ、これがボクサーのパンチだ」
ドスドスドスドスドスドスドス・・・・・
サッカー部の部室に生々しい肉体をぶん殴る音が響く!しかし健二も殴られなれてきた。
さっきほどのダメージはこない。そして・・・・。
バキィィィッ!!
はじめて健二は内藤を殴り返した。とっさの事に内藤は一瞬何だか分からない。
あまりに強いために内藤は殴られ慣れしていないのだ。そのスキをみて健二は飛びかかる。
内藤の顔面、腹にパンチを連打連打!!
バキッ!ズムッ!ボコッ!ドスッ!ズボッ!バコッ!ズンッ!ドボッ!ズンッッ!!
「はうぅ・・・っっ・・・ぁああっ・・・・うっ・・・・はぁはぁ・・・・うおぉっっ!!」
今がチャンスだ。ボディの痛みを耐えて流れる汗を拭かずに健二は倒れこんだ内藤に殴り殴り殴り続けた。
顔面、腹、腹、顔面、みぞおち。しかし内藤は健二の右拳をつかみ・・・。
「あんま、ちょーしのってんじゃねえ、ガキ!」
内藤は健二の右手を握りつぶすくらい強くつかみ、また太く逞しい腕を突き上げ・・・・。
ズムッッッッ!!!!!
鈍い音がして健二は倒れた。
「んな、クソみたいなパンチ効いてねぇんだよ」
「はうぁ・・・っ・・・!」
そして内藤は健二の髪をわしづかみにし、
「来い」
とだけいうと、内藤は誰もいない雨のグラウンドに健二を引っ張った。
健二は歩いているのか引きずられているのか分からないまま進んだ。
内藤はサッカーゴールの所に着くと、部室から持ってきたロープを使って健二をコーナーポストに縛り付けた。
「な・・何する気だ」
「・・・言っただろ・・・・鍛えてやるって」
この時間学校には誰もいない。田舎の学校なので、周りはまったく人の気配がない。雨のグラウンド、雨まみれの男二人。
内藤はタンクトップも脱ぎ捨てるといよいよその逞しい体をあらわにした。近くで見るとプロレスラー並だ。
そして、部室からサッカーボールの入ったカゴを持ってくると、幾つもボールを地面に転がした。
「さぁてと、行くぜ!」
バシュゥゥゥ・・・・・・ドボッッッ!!!
内藤の蹴ったボールが健二の腹に食い込む。
「うううぅぅっっっ!!!・・・・・はぁはぁ・・・」
「俺はシュート力だけじゃなくて、命中率も100パーセントだぜ」
次々にボールを蹴って、健二の腹筋に直撃させる。
バスゥッッ・・・・ドムゥゥッッ・・・・ズムゥゥッッッ!!
「はうぅ!!げぼぉぉ・・・・・う・・・・・うぉぉぉ・・・・はぁはぁ・・・・」
健二は倒れたくても倒れられない。縛られたロープの中もがき、さらに体に食い込む。
ボールが腹筋に食い込む音が誰もいないグラウンドに響きわたる。汗と泥に汚れた二人の男の体。鍛え上げられた肉体の逞しい筋肉。
だがこれはまだほんの序章であることをこの二人はこの時まだ知らなかった。
最強ボディのボクサー内藤と負けず嫌いの少年健二。この二人はのちに、伝説に残る腹打ち喧嘩と秘密の特訓を幾多も築きあげるのだ。
「どーだい、こんなボディブローもいいだろ」
「はぁはぁ・・・き、効かねえなあ・・・ぐぼっ!」
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